七里御浜を望む東屋がある峠 – 松本峠

熊野市の大泊と木本を結ぶ松本峠は、名勝・鬼ヶ城の山手に位置しています。
標高差120mほど約30分で峠まで上がれます。苔むした風情のある石畳は、最も古道らしい雰囲気を残しています。竹林に囲まれた峠には、鉄砲で撃たれたと伝わる地蔵が立っており、途中の東屋からは、ゆるやかな曲線を描きながらはるか遠くまで延々と続く七里御浜の風景が一望できます。熊野古道随一眺望と言われています.この道を自分の足で歩いてみると気分爽快です。この爽快感を味わってみませんか。
ここを下れば古道はなだらかな浜街道へとつづきます。

花の窟へ続く巡礼道 – 浜街道

「日本の渚100選」にも選ばれている七里御浜。熊野市から熊野川河口にかけての浜街道に峠越えはありません。延長25kmにもなり、熊野吉野国立公園に指定されています。
七里御浜街道で巡礼道ともいわれ、イザナミノミコトの御陵(ごりょう)といわれる「花の窟(はなのいわや)」近くで西に向かう本宮道と分かれます。「花の窟」の御神体は高さ約45mもある巨岩です。

浜街道と分かれ山間を行く本宮道 – 横垣峠

※横垣峠は台風の影響により通行止めです!詳しくは御浜町役場へお問い合わせ下さい。

 熊野古道は「花の窟」のある有馬で二手に分かれていました。一方は海岸伝いに新宮や西国三十三ヶ所をめざして南下する浜街道(巡礼道)。もう一方が、山間を進み、熊野川を渡って本宮大社へ向かう本宮道です。
神木から風伝峠手前の阪本へ通じるのが横垣峠。町の民話として伝わる水壺地蔵を過ぎると、峠には東屋が整備されています。神木流紋岩を使った美しい石畳は、やや褐色をおびた灰色の岩肌の敷石でできています。

本宮道と北山道の交差点 – 風伝峠

 御浜町と熊野市の境が風伝峠。有馬から本宮道は、この先で吉野へ向かう北山道と分岐しており、峠は熊野の海辺と山村を結 ぶ要衝でした。風伝とは風顛(ふうてん)の当て字で、本来は風のよく通る場所を意味し、麓の尾呂志は峠から吹く風伝颪(おろし)が転じたものといわれてお ます。
この峠は国道311号の風伝トンネルが貫くまで熊野の海岸と山村を結ぶ重要なルートでした。古道は旧国道に寸断されつつ峠へ至り、熊野市紀和町へ抜けます。

風伝峠の麓から吉野へ向かう北山道 – 通り峠

風伝峠麓の後地で本宮道と分かれ、吉野方面へ北上する北山道。子安地蔵の祀られた峠を越える約1kmの古道には、シダの中によく石畳が残っています。
山林の見通しはききませんが、峠の東には展望台があります。展望台からの眺める「丸山千枚田」は絶景で、日本一のスケールです。「日本の棚田100選」に選ばれています。

自領(志摩)と他領(紀伊)を分けた峠 – 曽根次郎坂・太郎坂

 尾鷲と熊野の市境をなす甫母峠は、曽根次郎坂・太郎坂とも呼ばれています。その昔、ここが紀伊と志摩の国境であったことに由来し、自領他領がなまったものといわれています。
曽根(尾鷲市)から二木島に至るこのルートは、JR曽根トンネルとほぼ同じコースを通っており、峠からは甫母へ下る道も通じています。街道は直進し、トンネル横にある二木島の登リ口へ出ます。
甫母峠には昔「ほうじ茶屋」があり、今もその跡が残っています。

伊勢と熊野の神々が出会う峠 – 二木島峠~逢神坂峠

 熊野市の二木島と新鹿(あたしか)を結ぶのが、二木島峠と逢神坂峠で、コースのほぼ直下をJR逢神坂トンネルが貫いています。杉と桧の山林を縫うように、ほぼ全区間に端正な石畳道が通じており、適度なアップダウンで爽快なハイキングが楽しめます。
逢神とは伊勢の神とと熊野の神が出会う場所という意味で、かつては狼が出没したことによるとの説もあります。

徐福伝説の里から優雅な竹林へ – 波田須の道~大吹峠

波田須は不老不死の仙薬を求めて中国からやってきた徐福が上陸したと伝わる里。ここには距離はわずかですが、鎌倉期のものと思われる巨石の石畳が残っています。
また、弘法大師伝説にまつわる史跡などもあり、三重県指定の「母と子の自然と歴史の散歩道」に指定されています。
桧や熊野古道杉林を通るルートが大半の熊野古道には珍しく、大吹峠には風情のある竹林が広がっています。昭和25年頃まで大吹茶屋があったといわれています。

道中の観音様に見守られ – 観音道

 大泊から波田須への信仰の道。山道を1kmほど登ると比音山清水寺跡(通称泊観音)があります。急勾配であるが参道脇の石仏になぐさめられます。
全国に観音信仰が普及した江戸時代、泊観音の近在にも観音講が生まれ、多くの信者により西国三十三所の石仏が寄進されました。道中あちこちに立つ石仏は往時の賑わいを偲ばせます。
清水寺は大同4年(809)に坂上田村麻呂により建設され、鬼退治の伝説が残っています。